サリン(Sarin, GB)は、有機リン系の神経ガスであり、極めて強力な神経毒である。無色無臭の液体で、揮発性が高く、皮膚や呼吸器から容易に吸収される。第二次世界大戦後に開発され、化学兵器として分類される。
1. サリンの化学構造と性質
- 化学式:C₄H₁₀FO₂P
- 分子量:140.1 g/mol
- 構造:
- フッ素(F)を含む有機リン化合物
- リン酸エステルの一種
- 物理的性質:
- 無色透明の液体(常温)
- 揮発性が高く、気化すると無臭のガス
- 水にも一部溶けるが、加水分解により分解
2. サリンの作用機序
サリンはアセチルコリンエステラーゼ(AChE)を不可逆的に阻害することにより、神経伝達を異常に亢進させる。
① 通常の神経伝達
- 神経伝達物質 アセチルコリン(ACh) は、シナプス間隙で受容体を刺激し、その後 アセチルコリンエステラーゼ(AChE) によって分解される。
② サリンによる影響
- AChEがサリンと結合することで酵素が不可逆的に失活し、AChが分解されなくなる。
- AChの過剰蓄積により、神経の興奮が持続し、全身の筋肉や臓器が異常な興奮状態となる。
3. サリン中毒の症状
サリン中毒は、自律神経・運動神経・中枢神経の異常により、以下の症状を引き起こす。
① 軽度の中毒症状
- 縮瞳(極端な瞳孔の収縮)
- 流涙・発汗の増加
- 鼻汁・唾液分泌の増加
- 吐き気・嘔吐
- 息苦しさ
② 重度の中毒症状
- 痙攣・筋硬直(神経伝達の過剰興奮による)
- 気道分泌の増加による窒息
- 意識障害・昏睡
- 呼吸筋麻痺による呼吸停止 → 致死
4. サリン中毒の治療
① 解毒剤
サリン中毒の治療には以下の2つの解毒剤が使用される。
- アトロピン(副交感神経遮断薬)
- ムスカリン受容体を遮断し、アセチルコリン過剰の影響を軽減する。
- 瞳孔縮小、唾液分泌過多、気道分泌増加などの症状を抑える。
- プラリドキシム(PAM)(AChE再賦活薬)
- サリンと結合したAChEを分離させ、酵素の機能を回復させる。
- 早期投与が重要(不可逆的結合が進む前に投与)
② 支持療法
- 人工呼吸管理(呼吸筋麻痺に対応)
- 痙攣抑制
- 除染(皮膚・衣服の洗浄)
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